柳田國男

古本屋の店先に定本柳田國男集第四巻が置かれていたので、手に取り、数ページ読んだあと、購入。
105円(消費税が5%だったころの売れ残り?)。
柳田國男は、旧字の紙の書籍の方が、読みやすい。
「遠野物語」「山の人生」を一気読み。

「山中にサトリという怪物が居る話は方々の田舎で聴くことである。・・・」

東陽一監督の「日本妖怪伝サトリ」は、このサトリなんだけど、もっとサトリの深い世界を見せて欲しかった。

定本柳田國男集 4 1円から!?

青と緑の混用

お名前を失念してしまったがある言語学者がこんなことを言っていた。
「日本人にとって韓国語は、最も簡単に身につくが、上達させるのが最も難しい言語だ。」
逆もそうなんだと想像する。「韓国人とって日本語は、最も簡単に身につくが、上達させるのがもっとも難しい言語だ。」

バラエティ番組でのアイドルの話だけではなく、学者の論文やエッセイでも、ときどき同様なことを発見する。

李寧煕さんの「フシギな日本語」を再読していたら、こんな言葉に出くわした。

「三歳児のミドリにさえ達していないアオの二才」の意味ではないでしょうか。

からかっているのだろうか?
嬰児は3歳くらいの赤ちゃんとしても、青二才は若い大人に対する言葉だ。

青と緑の混用は、色覚(知覚)の問題で、日本語の語源から生じることでもない。
また、日本語だけに起きることでもない。
東北大の研究などに詳しいーーー。
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20170301_03web.pdf
世界中の言語で、青と緑の混用が見られるのではないだろうか?

李寧煕さんが枕詞や額田王の難解歌を一刀両断に読み解くのは、気持ちの良い面白さだが・・・。

記紀万葉集の音韻

日本古典文学大系−万葉集1によると「、記紀万葉には973の万葉仮名が用いられている。・・・
当時は、母音は8っ区別されていたことも分かって来た。・・・

7〜8世紀に編纂された万葉集の音韻はどのように調べているのか?

橋本進吉の本でも読むとするか! (巨大な迷路に入り込んでしまったようだ・・・?)
古代国語の音韻に就いて―他二篇 (岩波文庫 青 151-1)

万葉集の解説によると、
当時、a i u e oの母音の他にä ë öがあったいう。「今日とははなはだしく相違してているものに、サ行の頭子音、ハ行の頭子音がある。・・・」サ行の頭子音というのは、サ(sa)ではなくツァ(tsa)であり、ハ行の頭子音は、ハ(ha)ではなくファ(fa)であった。
スもツ(tsu)になるけど、タ行ツとはトゥ(tu)区別して発音されていた。

万葉集の朗読はいろいろあるが、奈良時代の発音でだれかやってくれないかなー。

高麗尺、唐尺

万葉集を読みなから、百済と新羅の尺度法はどのようなものだったのか(?)気になったので、調べてみた。(飛鳥万葉奈良時代のことなので、高麗尺は当然高句麗尺のことだ。)

愛知県立大学大学院国際文化研究科論集11(https://aichi-pu.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=244&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1&page_id=13&block_id=17)の、「古代韓・日(日・韓)の文化交流 ―相通じる古代東アジア世界―」を発表した尹善泰先生(プロフィール不明)が、次のように述べている。

「中国の尺度制の伝播過程が日本の場合なぜ高句麗を通じて行われ たのか、古代日本の尺度制成立過程における高句麗の役割は何だったのかをよ く考えるべきだと思う。」

「高句麗尺はどのように誕生したのだろうか。高句麗尺を直接使用した新羅と 古代日本に注目する必要がある。」

「高句麗尺を使用した新羅と古代日本の共通的基盤 から見て、無理な判断ではないと思う。 一方、高句麗と百済は両国とも楽浪・帯方郡を通じて同じ時期に中国文化を受け入れたが、律令の受容と変容過程に大きな差が見られる。これは尺度制 からも明らかである。百済から出土した尺で見ると、中国と大差なく後漢尺、 南朝尺、唐尺を順番に取り入れて、そのまま使用したことが分かる 13。」

「百済を高句麗尺文化圏に入れることは資料で裏付されない。」

古代日本が高麗尺を取り入れたのは、直接高句麗との交流からでなく、新羅を経由してだと想像していたが、

古韓尺を提唱している学者がいる。