豊、豐,丰,풍, phong

私の名前「豊」は、中国語では、feng1声、フェンではなくフォンが近い。ngは鼻の抜くンだから、日本で使われている過程でngが消えてホウになったのではないか?
韓国語では、풍、プンpung、これもngだから鼻に抜くンで、日本語で使われる過程でブとフに変わったのではないか?
ベトナム語はphongフォン、日本語とは直接の関係性はないが、周辺国として中央からの「距離感」が日本と同じようなことなのではないか?

訓読みの一つトヨは、古事記日本書紀でも豊の国として出てくるから昔から使われていた。
律令制度の変更で、豊国が豊前、豊後に分けられ、現在につづく。ブンゼン、ブンゴ、という古代百済語の影響を残している。

問題は「ゆたか」。いつごろから使われたのか?
万葉仮名の由多氣が豊に変わったのはいつごろか?
豊がゆたかと訓読みするようになったのはどのあたりでいつごろか?
ーーー日本語の成立起源なんだけど・・・。謎の四世紀に関わっていたりすると面白いんだが・・・。

(ところで、奄美大島では豊(ゆたか)が名字の人がいる。
薩摩藩が封建的支配として、島の役人に一字の姓を名乗らせたことなので、訓読みの出現とは直接関係ないが。)

ゆたかのルーツを追って旅行撮影したいなー。

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ウジェーヌ・アジェ

疲れたとき、見る写真集がある。

フランスの写真家ウジェーヌ アジェ(1857〜1927)のパリの街を撮った:Atget Paris

無意識に開いたページから始め、一枚ずつめくり、・・・、彼はどんな思いでシャッターを切ったのか(?)元はとれたのだろうか(?)・・・、100ページほど進むと、自分自身が恵まれた環境にいるものと錯覚する。
何でもない通りの写真に涙が落ちる。
100年前のことか・・・。

アジェが撮っていたのは「画家のための資料写真」。

なくなる2年前、アメリカからやってきたマン・レイやベレニス・アボットによって、存在が知られるようになった。

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カール・マイダンス

カール・マイダンスCarl Mydans(1907~2004)はアメリカの写真家。
Lifeに所属した写真家。
多くの人が、第二次世界大戦、また朝鮮戦争での歴史的瞬間を捉えたマイダンスの写真、一度は目にしたことがあると思う。

手に入りやすい写真集は
Carl Mydans: Photojournalist

カール・マイダンスは、フィリピンおよび上海で、日本軍の捕虜になり、合計21ヶ月拘留された。
そういう経験が持ちながらも、戦後time-lifeの東京支局長を務めた。

アラ・ギュレル

「イスタンブールの瞳」と呼ばれるトルコの巨匠、アラ・ギュレル Ara Gülerは、1928年生まれだから今年で90歳。
古き良き時代の「人間愛」をストレートに表現した写真家。

写真集は、ノールベル賞作家のオルファン・パムークが序文を書いているAra Guler’s Istanbul: 40 Years of Photographs (Hardback) – Commonが良いのだが、現在手に入らないかもしれない。

で、セカンドチョイスがこれAra Gueler: Fotografien 1950-2005

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ヤニス・ベラキス

アート系ではない写真家も紹介したい。
2016年ピュリツァー賞を受賞したギリシャ人フォトジャーナリスト、ヤニス・ベラキスYannis Behrakis(1960〜)ロイター通信社のチーフ写真家だ。

「いい」写真とはどういうものでしょうか?
「見た人の感情に訴えかける写真です。その感情は強ければ強いほどいいですね、少なくとも報道写真においては。シンプルですが、とても重要なことです。」

写真集はないが、YouTubeでレクチャーを開いている。

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ニコス・エコノモポロス

ギリシャの写真家を紹介したい。
マグナム所属のフォトジャーナリスト
二コス・エコノモポロス Nikos Ekonomopoulos(1953〜)

写真集は、
バルカン諸国に住む人々を捉えた写真集『IN THE BALKANS』を1992年。集大成の写真集『Economopoulos, photographer』を2002年に刊行した。

海外の古書店には、In the Balkansはあるようだが、高い。Economopoulos, photographerは見つからなかった。

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高速バス

以前、東京に写真展を見に来た大阪の学生が「もう二度と高速バスは利用しない」といっていたが、最近は各社によって違うのだろうが、だいぶ改善されたようだ。
寝ることが出来るのだったら、夜行高速バスを利用してみようかな、と思っている。
夜の12時に出発して、寝て、朝の6時に到着し活動できるなんて、時間配分は完璧だよね。

以前、飛行船ホテル計画なんてのがあったけど、どうなったんだろう?
飛行船ならぐっすり寝られるだろうから、期待していたんだけどね。

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川崎区殿町と山形県鶴岡市

京都精華町(けいはんな研究学園都市)、川崎キングスカイフロント、鶴岡サイエンスパーク ーー ここ半年のうちに私が撮影で訪れたいわゆるサイエンスシティと呼ばれる地区だ。

京阪奈研究学園都市は規模が大きいので、ここでは取り上げないで、川崎キングスカイフロントと鶴岡サイエンスパークを比較することで、両者の特徴の違いを明確にする。また、意外な共通点も見てとれる。

川崎キングスカイフロントとは、羽田空港に多摩川を挟んで隣接するいすゞ自動車の工場跡地に、行政主導の国家戦略特区の一つとして、主にライフサイエンスや環境分野での、世界最高水準の研究開発から新産業創出するを目指すオープンイノベーション拠点だ。

オープンイノベーションの簡単に書かれたパンフレットがあった。

羽田に車で10分というのは、旅行者にとってはこの上ない立地条件だが、研究者にとって、どうなのだろうか?

一方、鶴岡サイエンスパークとは、2001年慶應義塾大学先端生命化学研究所の誘致に成功し、それを核にして民間の街づくり会社ヤマガタデザインが加わり、世界初の蜘蛛の巣繊維を開発したSpiberなど、地域密着型ベンチャー企業の拠点になっている。

ヤマガタデザインのウェブサイトショウナイズカンが地域密着性をよく表している。

ヤマガタデザインが企画運営する建築家坂茂氏設計の、サイエンスパークの水田に浮かぶホテルが9月18日グランドオープンする。

SUIDEN TERRASSE

共用棟の蛇腹構造の大屋根が目を引き、明るくて軽快な印象をうける。宿泊棟はシンプルな躯体の木造2層、木製の柱とオフホワイトのせっ器質タイルとで部屋が作られ。地下水を利用したヒートポンプエアコンが導入されている。

坂茂氏ならではの紙管を使ったチェアが置かれ、ベットのヘッドレストには紙管が設けられている。共用棟では、ベンチ、パーティションにも紙管が使われ、坂茂ワールド全開といった雰囲気だ。

一方、川崎キングスカイフロントには東急REIホテル6月1日オープンした。世界初の地産地消の水素エネルギー利用ホテルとなった。使用済みのプラスチックから水素を作り、電気、熱源に利用し、ホテル全体のエネルギー消費の3割を水素で賄う予定らしい。川崎の工場地帯ならでは地域循環型の水素エネルギー利用計画だ。

鶴岡では慶応大学の先端研が核になって発展した。川崎には慶応大学の殿町タウンキャンパスが設けられた。

 

 

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